カウンセリングのご相談の入り方で、とても多いのは・・・・
「○○○と△△△どちらがよいですか?合っていますか?」(あるいは、間違っていませんか)
「この先(あるいは、こうこうしかじかした先は)どうなりますか?」
という切り口です。
悩みや問題が発生したときに、このような問いかけをなさるのはとても自然で、フツウのことです。
実は、上記のような問い方、考え方、頭や心の使い方には・・・
常に問題や悩みが発生する可能性が土台にあります。
どちらにしようかという選択肢がある場合(2つ以上の選択肢含み)や、
未経験、新しいことに遭遇し、先行きがわからないとき、
など、ついそう考えがちになりますね。
失敗や過ちを避けたいし、超人か変人(いい意味で)でなければ、苦労やトラブルは嫌に感じるはずです。
しかし、上記のような問い方、考え方、頭や心の使い方には・・・
一件落着してほどなくすると、新しい苦労やトラブルの兆しが起こるかもしれません。
多くは、遠からず起こります(苦笑)
つまり、物を選ぶような感覚で選択肢を選んだり、状況を検討するところには、”幻想”の「うまくいかなさそう」な蜃気楼が視えてしまいます。
そこで、物を選ぶような感覚、物理的な状況にはめ込んで検討するときは、その世界観を超えると、「進化した選択」の世界にいけます。
言葉として「選択」「選ぶ」しか思いつかず、 「進化した選択」「選択を超える選択」としましたが。
創造的でバージョンアップするような意味合いで、「進化した選択」の世界と言いますが、生物の進化の意味合いとは異なります。
物理的な選択肢は、進化のプロセスにおいて普及浸透した産物でもあるからです。
もとへ・・・
悩んだり困っているときは、クライアントさん達に限らず、物を選ぶような感覚での思考パターンを使っていたり、周りの情報を採用していることが多いでしょう。
パターンが決まっていること、パターンを決めることで益をなすときは、こちらの選択でOKです。
一般的に、この思考パターンに入っているときは、画一的な生活が続いていたり、感性や感覚が疲れて衰えていたり、心が穏やかにリラックスすることがないときにハマりやすいようです。
よくある状況として・・・・
1)余計なことをあれこれ想像、妄想、想定している。
2)一般的に心が曇っていたり、雑念が多く、頭がまわっていない。
3)食生活がよろしくなかったり、心身のストレスが蓄積することで(適度なストレスはむしろ益)、魂のレベルでもバグが起こっている。バグることで、「結局なんとかなる」ということを放念する。
さて、選択を超える選択のモードなら、問題や悩みが発生(したように感じる)ときに、解決しそうですよね!
その方法は?
上記1)−3)を改善することで、6−7割は自然に応えが出てきたり、気持ちや状況が楽になります。
つまり、
1)余計な想像、妄想、想定を止めることを選択する。
2)心の洗濯をしてクリアに。雑念を取ることを選択する。
3)基本的な生活、健やかな1日を過ごすことを心で選択する(コミット)。
シンプルなことですが、そのシンプルで簡単なことに切り替えるまでは、そうあることに関心が向かなかったり、何らかの抵抗が起こるかもしれません。
よくあることです。
気づきのタイミングは、おそらくちょうどよいタイミングで「ここぞ」というときに起こってくれるのかとも思います。
最近なんとなく付き合えそうな、付き合っていないような状態の人がいる、とおっしゃるUさん。
ところが、思うようにデートができなくなったり、ひょうな相手の態度に不満を感じるなどして、これからの関係がクエスチョンになっています。
「・・・というようなことがあって、自分のほうから心の中で〈やめた〉と決めたんです。
でも、周りの友人たちは『もったいない!(もう少し様子をみて、会ってみては?)』と言うし、どうしたらいいのか?
自分で決めることだと思いますが、もし、なにか状況や情報がわかれば視ていただきたいです」
基本的に、Uさんなどクライアントさんは、自立心はしっかりお持ちの方が多いのです。
しかし、何か指針があれば・・・というご相談は、リーディングや透視カウンセリングに寄せられますね。
そのまま状況を拝見するなら、デートのときに、ほかのことを考えて心あらずな様子のUさんに、気がかりなお相手の方の姿が視えます。
それよりも、Uさんがなぜ、このことを問題にしていらっしゃるのか?のほうに、より核心があります。
ネタバレをしますと、私はクライアントさんのご相談を「はい・・・はい」と伺いながら、別の意識では、クライアント自身のある意識に質問をしています。
二重セッションですね(笑)たまに多重にもなりますが。
さて、Uさんの場合は、疲れ、心にゆとりがなかったり魂が疲れていると、しばしば起こる、自分から「やめる」「やーめたー」とケリをつける癖のようです。
この癖がわるいとは言えませんが、「やめる」ことで、それが心、身を守る方法になってきています。
これ以上関わると、疲れそう、しんどいことになりそうと予見して、傷ついたり、面倒に感じるような可能性を回避しているようです。
文字に起こすと構造的に感じられますが、恋愛、愛情、友情関係では、よくある、あるです。
ネット上や、それほど親しくない人間関係や交流でも、とくに現在は増えています。
この方法は防衛的ですが、わるいわけではなく、ただ、エネルギーの動きがとどこったり、長くこの癖が続くとネガティブで内にこもる傾向になりがちです。
そして、このやめたくなる元の、疲れや面倒は、実は自分側の妄想や雑念が原因であったりします。
妄想や雑念が増えると、無意識にも、自分の言動に小細工を始めます。
相手の気持ちや、周囲の状況、様々なものごとに、ムダに裏を読んだり、あえて不愉快な仮想現実をシミュレーションします。
すると、結果的に自分にとっても(自分でそのことに気づかないのですが)不自然な、あるいは不誠実な言動に出たり、不協なエネルギーを発します。
頭では、こうしたいと考えていても、結局、本人の常態(あるがままの姿)が「現実」を展開します。
元気なときは賢明なUさんですから、
「じゃ、今からでも、正直な気持ちや状況を相手に伝えてみたらよいんでしょうか・・・?」と。
ここで、「選択を超える選択」の登場です。
フツウの選択なら、伝えたほうがいいか、よくないかになります。あるいは具体的な立ち振る舞いでしょうか。
「選択を超える選択」は、それを決めるのはUさん自身です。
正直に伝えることがUさんの本意であれば、そうすればいいし、今すぐに正直に伝えるのは面倒であったり、お互いにその話は必要そうでないと心が思えば、わざわざ伝えなくてもよいかもしれません。
自分自身が決めることを放念していると、外側の状況が”あたかも”強く状況を作るものだと錯覚していきます。
そして、その錯覚はホンモノのような効力を発揮します。
自分で決めるのはちょっと難しい!と感じる方も多いようです。
地味ですが、確実な方法として、
静かで落ち着ける場所で、目を閉じるか一点を見つめるなどして、深呼吸をしながら・・・10-15分ほど、心を空っぽにして過ごしてみましょう。
最初はあれこれ考えが浮かぶでしょうが、あるところでふっと落ち着いてきます。
(「無になる」などの境地は、必ずしも何も考えないことではなく、落ち着いたり静寂感を感じるものです)
その10-15分直後は変化を感じずとも、数時間経った頃に変化に気づくかもしれません。
真面目な方は、選択を超える選択が、とんでもなく自己中でワガママなことだったらどうしよう!考えるでしょう。
それも雑念ですが(笑)
一度、ワガママなことをやってみてもいいでしょうし、
そもそも自分にとっても周囲にとっても不本意である自己中な選択をしていたら、その状況はそう長くは持ちません。
ということで、迷う、葛藤する、などが雑念(欲の域)の属性ですので、それを取り払ってあげると、「選択を超える選択」「自然にわかる」「決める」などに至るでしょう。
そこには「リアルに生きる」があるようです。