お天気もよく景色は最高! 第25回四万十川ウルトラマラソン100km 走ってまいりました!
「四万十川の自然と清流を走ろう」のコピーどおり、四万十川の上流から河口に向けて走破します。
↓ ゴール後、ものまねアスリート芸人のM高史さんと!
漠然とはるか昔から(たぶん学生の頃)いつか四万十川を訪れてみたいと思っていました。
まさかマラソンで行くことになるとは(笑) 自分史上、初高知県、初四国の旅RUNです。
マラソン100kmとなると、前後含め、コラムでのレポは長くなります。
ご興味ある方は、引き続きご笑読ください・・・
ちなみに、私はウルトラウーマン(ウルトラマラソンを走る女)ではありませんが、奇しくも今年2回目のウルトラとなりました(初ウルトラは今年7月末の北オホーツク100kmです)。
四万十川ウルトラは抽選倍率が高く近年では2.95倍とか。完走するにも、まずは出走権を得てから・・・
今年、2019年は、2.08倍とやや当選しやすかったようです。
当選発表は8月上旬。
そのため、ハズレる可能性もあるし、練習もかねて、北オホーツクに挑戦したのですが、おかげさまでウルトラ後のダメージから回復するコツを自分なりに学習することができました。
さて、大会の前日受付に向けて、羽田空港から高知龍馬空港まで飛びます。
仕事で羽田国内便を使うときは早朝が多いため素通りですが、遅便につき今回はメルセデスでお茶をしてみました。
金曜発つこともあり、MacBook持参で移動仕事をこなすにはコーヒー必須。
大会前のカフェインは控えるランナーさんが多いですが(利尿作用でトイレが近くなる)、私はカフェインの影響は感じないので普段どおりです。
今回は大会提携の東武トップツアーズを利用。
四万十は、高知県内でも交通の便がわるく、旅行会社がホテルを抑えてしまうため、ツアー参加か土地にコネがないと宿泊難民になります。
抽選に当選したら、速攻、手付金を振込み、申込みました。
ちなみに、宿泊だけを扱うJTBのプランもあるようでした。
羽田空港でチケットを受け取り、高知空港に到着してから再びツアーガイドさんのもとに集まる、といった流れです。
結局、出発便は大幅に遅れ、1時間以上到着時間も先延ばしになりました。
大会の前日入りだったら、ちょっとキツかったでしょう。
高知空港から、東武トップツアーズの送迎バスで大会のスタート地点となる中村まで移動。
車中ですぐお弁当とお茶が配られ、
地元のお弁当屋さん、バランスよく「弁当」の想定以上に美味しかった。
ガイドさんの話を聞いたり、第23回大会の30分ビデオを観賞したり。
観ているうちに、だーんだん緊張感が・・・
日曜は沈下橋を走ってるのかなぁ〜
バスは途中で、宿泊地が異なるランナーをおらすため窪川駅に止まったり、お土産屋さんで30分ほど下車休憩を取りながら、中村へ向かいました。
高知県はお土産の種類が充実していて、すごい商品開発だと思いますね。
しかし、うちの近所には「まるごと高知」というアンテナショップがあり(銀座一丁目、沖縄わしたショップの隣)だいたい揃っている可能性があるため、被らないものを買わないと(笑)
3時間以上かかったわりには、あっという間のバス旅で、中村に到着。
宿泊ホテルや旅館ごとに乗客(ランナーたち)をおろして、予定より遅れたものの私は18時頃にホテル到着。
たまたま、大会の前夜祭がある新ロイヤルホテル四万十に宿泊。
界隈は四万十川マラソン大会の水色の幟がたくさん旗めいていました。
街中は静かです。
徒歩1分のところに静かなアーケード街があり、地元の呑み屋さん、コンビニ、マルナカ(こちらのマルエツ的な)と何かと調達できます。
物価を知るために、マルナカで食料品をチェックしましたが、8−10% 物価はお得ですね。
ここで、私は胃腸の保護のために、ラクチュロース(オリゴ糖)入りのヨーグルトドリンクを滞在日数分入手。
前回の北オホ大会の後、胃腸のダメージが意外に残りましたので😢予防策に・・・・結果、これは正解でした。
さて、大会前日の前夜祭は17時から。日中はせっかくなので観光したい・・・というわけで、
前夜祭まで、日中は同じツアーでご一緒したランナーさんと坂本龍馬に会いに高知、桂浜へ。
高知県はあんがい広く、四万十からちょうどウルトラ距離(100km)なんですね
坂本龍馬の台座は意外に高かった(笑)龍馬と桂浜からパワーをいただきました!
そして、夕方には中村に戻り、「安並運動公園」のスポーツセンターで受付を済ませます。
ナンバーカードと引き換えに、参加賞のTシャツと参加賞を受け取り、ものの5分かかりませんでした。
ちなみに参加賞はご当地名物ではなく?チキンラーメン、カレーカップヌードル(笑)
最近になってランニングフォームを変えたせいか、なんとなく右のシンスプリントが怪しい・・・幸い、受付会場にザムストブースがあり、こちらで新商品らしいふくらはぎのサポーターを購入。
このおかげで、ゴールまで全くシンスプリントは違和感なく走れました。
17時から前夜祭。新ロイヤルホテル中村、2階の大宴会場です。
すでに満員の前夜祭会場。紙皿と紙カップをもらい・・・
ビュッフェテーブル。この料理が乾杯後、ものの10分もしないうちに空っぽに(爆)すでに戦いは始まっているのか?
ほかに各円卓には、ご当地鰹のタタキ、郷土寿司の樽が置かれていましたが、まぁ、こちらも3、4分で空になりましたね。
前夜祭に30分遅れてやってきたランナー達は、まだ料理が並んでいないのかと思われたことでしょう(笑)
前夜祭から引きあげて、そのままホテルの部屋に戻り、明日のゼッケンやシューズのチップを取り付けて装備も完了。
今日も気温は夏日でしたが、大会当日も最高気温25ー26℃の予報なので、夏の大会と同じにしました。
念の為、フロントには、「2時半にモーニングコールお願いします」の電話を入れてから8時半に就寝。
といってもすぐに寝付けるはずはなく、自社商品(笑)「幸せに深く眠るための瞑想」を聴きながら速攻入眠。
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だいたい大会の朝は早めに目覚めますが、やはり潜在意識には2時20分に起こされました(笑)
朝というより夜中ですね。
ウェアに着替えてから、3時00分に朝食会場へ。
新ロイヤルホテル四万十の場合は、2階宴会場にビュッフェ形式で、昨日の朝食のビュッフェとほぼ同じメニュー(かなりの品数)が並んでいました。
すでに、ランナーさんでいっぱい。
私は、生卵を2個、TKGにして、あとは食合わせのよいものをいただきました。
部屋に戻り補給食、ジェルなどをもって、いざ、スタート会場へ向かうバスへ。
大会専用の巡回バス。10分も待たずに、あんがい大人数乗れるものです。
車内は早出の遠足旅行に行くような雰囲気で、大会だからといってピリピリ緊張感はありません。
隣に座った大阪の女性ランナーさんと、台風19号の話をしながら・・・
10分程度で、スタート会場の蕨岡中学校に到着しました。
4時半すぎ、まだ真っ暗ですねー
そんな時分、土佐中村の一條太鼓の力強い演奏が響き、感動します!篝火の松明で祭りのような躍動感!!
校庭ではアミノバイタルを配布。ボランティアの高校生の皆さんの明るい声かけ。。。超早朝からありがとう!
女子更衣室は、校舎内にあり、結構ゆったり寛ぐこともできました。学校のトイレを使えるので混雑もなくゆとりです。
61.5km のレストステーションに送る「荷物預かり」のトラック。私は追加するジェルなどと、夏場の暑い日に長距離を走ると目が痛くなったため、念の為目薬も預けました。
もうひとつの「荷物預かり」はゴール地点用です。
そうこうするうちに、5時から開会式が始まり、着替えや荷物預けや済ませたランナーたちが校庭に集まっていました。
今回は、バッタリ!が多く、東京で開催されたウルトラマラソンのトレーニングでお会いした愛媛のNさんと再会。
練習会で会ったラン友さん、某スポーツメーカーでお世話になった方々など・・・確かに四万十ウルトラは人気ですからねー
そうこうするうちに、スタート時刻の5時30分が近づき、スタートラインへ移動。
ここでマカオからわざわざ?走りにきたJ君を見つけて、お互いゴールで会おうと!完走を誓いました。
気温も寒からず、天気に恵まれた出だしです。
スタートしてしばらくは真っ暗ですが、沿道にはロウソクがともされて、足下はまずまず見えますし、とてもきれいな演出で和みます。
ほどなく12時間と13時間の風船をつけたペーサーさんたちを見つけて、見える範囲でついていくことにしました。
道幅はそれほど広くありませんがランナーの数からすれば団子になるほどではありません。
適度にばらけながら進んでいけます。
最初給水所は4.8km 地点、次は8.3km あとは2km程度間隔で、水とスポドリがあります。
この四万十100Kのコースでは前半16kmから、急な登りに入り、600m程度続きます。
高尾山ですね。そして、22kmあたりから、登った分を下ります。
案の定、登りに入り、だんだんペースは落ちて、歩きだす人もパラパラ。まだまだ序盤なので、ここで無理は足にきそうなので、臀部を使って前進。
そろそろキツ過ぎるわぁ〜と思ったとき、沿道のボランティアさんが「あと400mで(堂ケ森)頂上だよー給食があるよー」の声に、俄然元気になった足。
結構、汗もかいてます。
道幅も狭いため、混み合ってますねー
ここでアミノスティックの封が切れず、給水のボランティアさんに「すみません、ハサミありますか?」と。
ハサミはなかったのですが、ボランティアさんが鮮やかに手切りしてくださり、本当に助かりました。
小ぶりにしたおにぎり、梅干し、クリームパン、バナナ、カステラなどなど。
家にいたら、カステラの紙の部分に残った甘いところはしっかり食べるのですが(笑)
このタイミングのおにぎりはとりわけ旨いですね・・・
と頬張っていたところで、ローカルTV か大会映像クルー?のお姉さん(アナウンサー)に
「インタビューさせていただいて宜しいでしょうか?」と。
断れる雰囲気でも、先を急ぐほどタイムを狙っているわけでもないので、快諾。
「(ゼッケンに記載がある)東京から四万十まで、どうしてわざわざ走りにいらっしゃったんですか?」
「沿道からの応援はいかがでしたか?」
「ここまで登り坂を上がってきて、おにぎりがあるのはどうでした?」
などの質問に、カメラ目線で愛想よく答え、さも元気そうにレースに戻りました。
インタビューでふぃをつかれたおかげで、ここまでの疲労は飛び、しかもコースは下り坂になり、すっかり元気になりました。
しかし、下りで足を消耗しすぎないようペースは落とし気味に。(とはいえ、終盤には前腿がやられましたー)
前半のコースは山の中で、すぐ側には四万十川の清らかな水の流れを見下ろしながら、流れる水音に癒されてとても気持ちよく走れます。
ここを走っているひとときに、ふぅ〜と、アツいものを感じました。
この自然の中を走らせてもらえていることに、なんともいえない境地に入りました。
まだ絶好調な進みで第1関門のある36.6km地点。
ここでふぃに名前を呼ばれた方向を見ると、神戸のラン友のHちゃんが「お疲れさまー」と。
なんと、ランナーズアプリで走行を見て、この地点で待ち受けて?くれました。
凍らしてカットしたパイナップルを用意してくれ、とっても美味しかったです。
かなり身体も暑く、汗をかいていましたから・・・ずっとおしゃべりしていたかったですが(苦笑)「先に行かねばならぬ〜」
このあたり、四万十川を渡ります。
沿道の応援が今までになく増えました。
ここはコース上の写真スポットでしょう。
長らく山の中の道でしたから、歩道が走りやすく感じます。
すでに時刻は10時。
突然、街中をラジオ体操第1が流れ始めました。
そういう習慣なのかどうかはわかりませんが、走りながら、腕振りをしたり体をほぐすことにしました。
そろそろフルマラソン の距離。でも100kmの半分にも満たない。
53〜54km あたりで、ようやく半家沈下橋を先に渡るランナーを撮ってからの・・・自分も走って折り返し。
欄干がない橋を渡るのはちょっとドキドキですが、風が心地よく、気持ちがはしゃいでしまいます。
なんでも沈下橋は川が増水すると沈む橋なのだそうです!
爽快に沈下橋を往復したところで、短い急坂を上ります。
短くても斜度が高く、ここは歩きを許されるでしょう。
振り返ると碧色の四万十川と山並みが美しい
木陰が途切れるとなかなか陽射しはキツイです。
が、個人的には今年は30℃超えの大会ばかりでしたから、身体もメンタルもそれほど気にならなくなりました。
ほどなくして12時40分過ぎに、61.5kmのレストステーション「カヌー館」に到着!
もう7時間以上走っていることに。
ここでスタートしてから初めてトイレに寄って・・・和式のトイレは足にきますねー
ちなみに、四万十マラソンは後半には仮設トイレはすべて洋式になるとのことで、ランナーの足に非常に優しいそうです。
60kmのコースに出ているお友達を応援し、私がレストステーションに到着するタイミングで2度目の再会。
とっても元気をもらえますね。
ここで預け荷物をピックアップし、ジェルなど補給し、一段と盛大な給食へ・・・
おかかおにぎりはカツオの風味が濃かった。
青のり、アオサの椀汁、温かいものがあんがい身体にいいみたいです。
ふわふわ豆腐で大豆たんぱく質を投入
後ろから撮られていた(汗)
レモンの輪切りは、シャキッと疲れが取れます!
名残惜しいですが(笑)レストハウスに長く留まり過ぎると、走り始めが辛くなります。
「行かねばならぬ〜」
確かに気温が上がり、陽射しがキツく感じられますが、コース上、適度なタイミングで地元の方々やスタッフさんが掛け声をかけてくださいます。
ほどなく70kmあたりの茅生橋大橋が見えてきました。
水色の大会の幟が映えます!ここも気持ちよく往復できるコース。
四万十マラソン全体のコースでは、35kmあたりからフィニッシュまで終始四万十川沿いに走っていきます。
河口に向かってだんだん川幅は広がり、流れが穏やかになり、水音も聞こえなくなります。
さてさて、75kmあたりからだんだん私の太腿がヤバくなってきました。
特に前腿。前半から断続的に続く下りの疲労が蓄積し、強度な筋肉痛。
幸い、故障のような痛みではなく、さながらハードな筋トレや運動をした翌日のようなザ・筋肉痛の極み!
心の声は猛絶してましたかねー
痛いからといって立ち止まることはないものの、確実に、相当にペースは落ちてきました。
このあたりで、レストステーションの前後で少し話をした土佐ダンディのランナーさんと、前後するようになりました。
ウルトラマラソンとフルの違いは、(高速ランナーを除き)長時間レースともなると、同じくらいのペースのランナーさんと会話するときがあります。ずっと話すこともあれば、エイドのタイミングで声かけをするような感じです。
土佐ダンディ(勝手に銘々)はお見かけによらず、60代後半の方で、四万十ウルトラは5回以上走っており、「昨年心臓の手術をした後なので今年はのんびり行きます」とのこと。
術後に大丈夫なのか?!と、その経緯のドラマを伺いながら、太腿の痛みをごまかし、ごまかし、前進。
まだ20km以上あるのに、沿道の応援の声は「おかえりなさい」に。
どうやら、ここまでよく走ってきたね、という意味合いもあるように感じます。
そのうち、スタート時に会ったマカオのJ君が追いついてきて、3人で話したり、前後しながら・・・
土佐ダンディ 「だんだん左膝に(痛み)きてるんだよねぇ」
J君 " Can We make it?! " (ゴールできるかなぁ?!)
私「腿が痛ーい」
85.5km地点には、ザムストさんのサポーターエイドがあり、ここで太腿のサポートをレンタル!神だ!ありがたい。
前半の大貯金(タイム)があったおかげで、どう蛇行しても、フィニッシュはできそうでしたが、1kmごとの距離表示がとても長く感じます。
17時を過ぎる頃になると、少し空気がひんやり。
このあたりの給食からは、ホットコーヒーとカステラなど、ほっこりするものに。
日が落ちるのは早く、17時半にはすっかり暗くなりました。
まだ暗くなる前に、ペンライトが配られます。
そして沿道には、ロウソクが灯って道を照らし幻想的な光景に。
2リットルのペットボトルを切って作ったカバーをかけてありますよ。
かれこれ、12時間走っていますね。
山の中ですから、それでも暗いのですが、90kmあたりから適度な間隔でライトをつけて乗用車やバンが道を照らしてくれています。
卒ない心遣いが要所要所で大会の運営に感じられました。
ラスト1kmになると、大きな応援の声にゴールの中村中学校が近いことがわかります。
ラスト500mあたりに、最後の急な上り坂に見舞われますが、コースの展開はベテランの土佐ダンディが逐次教えてくださいましたので、マラソンガイドのようでした。
学校内に入ると、場内アナウンスで名前を読み上げてくれます。
いつの間にか、示し合わせたように3人横並びに走行して・・・ゴールテープは、土佐ダンディ、J君、私の3人で同時に切りました。
すぐにメダルをかけてもらい、アイシング用の氷の袋やアミノバイタル(しかもペットボトルの蓋を緩めておいてくれてある)を受け取り、ひと段落。
メダルはスクエアでメタル部分は渋くマニッシュな感じ、リボンがきれいです。
60kmコースで走られたゲストランナーのM高史さんを見つけて、快くゴールショットに応じてくださいました。
途中から苦楽を共にしたJ君(笑)初ウルトラマラソンだそうです。
19時半を過ぎて、夜空に大きな花火が上がりました。
数発でしたので撮る機会を逸しましたが、四万十マラソンは、祭りのような醍醐味の大会です!
その後、会場から各ホテルや宿に向けての市内循環バスは手際良く進行し、すぐに足を休めることができました。
そういえば、上りや長距離の練習はしたけれど、下り坂の練習が不足していた・・・と反省
・・・するも、四万十の自然冥利とマラソン大会を贅沢三昧させてもらい、この上なく満点です。
短い滞在でしたが、濃い風土を感じることもできました。
ありがとう〜四万十川&四万十川ウルトラマラソン大会!!
大会に関わられた全ての方々に感謝・万謝いたします😊
【番外】回復編
・ホテルの大浴場は混雑が予想されたので、部屋のバスタブに疲労回復系の入浴剤を入れてじっくりリラックス。
・イオン水2リットルを夜から翌日にかけて飲む。前出のマルナカで買っておきました。イオン水は軟水のように飲み心地がよく、身体の中を洗ってくれる感じ。実際は1.5リットルほどしか飲めず、帰路用の水に持参。
・翌朝、大浴場は空いているはず・・(入れ替わりで誰もいなくなった)サウナ5分でじっくり温まり、水風呂に入る。これでかなりシャキッとなったみたいです。
・朝食に卵2個、私は疲労回復が早くなります。
・瞑想をして(これまた自社の「スポーツ瞑想超回復編」)、身体の氣の流れを促してみる。気質、体質の兼ね合いがありますが、リラックスし、意識的に呼吸やイメージを送りダメージ回復が早まるように感じます。
あくまで自分流です。😄
大会直後は身体は疲労がありますが、メンタル・精神はとてもスッキリ元気です。