身体的に痛い・苦痛がときには、何らかの「目的」があります。

だいたい、身体に症状が出ているときは、セラピーや内観よりも、医療的な治療、対処療法の管轄になります。

しかし、中長期におよび、医療や対処療法であまり回復がみらず、本人がその痛みや苦痛の本質を求め始めたときには、セラピーや代替手段の出番です。

デトックス&クレンジングセラピーでは、クライアントさんは、しゃべらぬ臓器(本人に自覚症状がない)や、痛みなどのサインで通訳の要る症状を持って来られます。

 

Kさんは、かつての古傷の治りがわるく、早くきれいに治ってほしいと前向きです。

そこで、そこの部位(パーツ)とのワークセッションを進めていきました。

「『痛いよー苦しいよー』と言っています」

Kさんに、そのパーツと共感してもらいました。

「ほぉ、私が痛いんだね、苦しんだね、とパーツに声をかけると『ごめんね』という言葉が返ってきます。私に対して謝っているようです」

さらに、メタ・トランスフォーメーションで、質問を繰り返します。つまり痛みや症状に、どんどん肯定的な目的や意図を尋ねていくのです。

 

Kさんは、この痛みや苦痛(今は痛みがなく古傷のみ)は、「癒し」を求めており、「癒し」が手に入ったら「楽」になり、さらに「楽になったなら、楽しさがあり」「楽しくなったら、外へもっと自由に行ける」「外にへもっと自由に行けたら、今まで、過去に出来なかったことができる」という答えを導きました。

この最終的な答えは、「常態」メタステートであり、常にありたいと望んでいることです。

(「過去に出来なかったことができたら、楽しい」と答えが堂々巡りしたら、問いかけは終了)

 

Kさん自身は、今は活動的でやり残したことはないものの、かつては出来なかったことが多々あり、今でもやるべきか・やらないべきかで迷うことが時々あるそうです。

そして、Kさんは、その気質をご自分の母親にもみています。

 

デトックス&クレンジングセラピーやヒプノセラピーで、ご本人の身体症状や痛みと向き合っていただくと、千差万別の答えや反応が返ってきます。

 

ほとんどの症状は、本人がちゃんと向き合ってくれるのを根気よく待っています。

とかく、症状や痛みを否定して治したくなりますが、これが、逆効果となったり、かえって反発してくる(より悪化する)ことがあります。

そんなときは、向き合っているつもりでも、ちゃんと関心を向けていないようです。

 

「症状を受け入れる」とは、症状や苦痛と戦うことではない、といったら分かりやすいでしょうか。

 

問題や症状が大きいと、自分だけで向き合うのはとても難しいのです。

 

だから、誰かが共感したり、治療を含めてケアしてくれる状況があるとよいでしょう。共感とは、治したり楽にしてあげる必要はなく、ただ、あぁ痛いんだね、と知っててあげるのが一歩です。

そして、症状や痛みがもっとも共感して欲しい相手は、それを持っている本人なのです。